「Journal of the Vacuum Society of Japan」誌
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沿革・基本活動方針

1.学会の設立

 設立の当初,日本真空学会は真空協会といいました.それまで真空科学と技術の学術的な研究をしてきた真空技術研究会と,真空関係の規格標準確立と真空工業の普及啓発を目的としていた真空機器協会とが合併し,1958(昭和33)年7月12日に誕生したものであります.

 そして1974(昭和49)年に第6回真空科学国際会議を京都で開催するにあたり,1971(昭和46)年2月6日をもって日本真空協会と改称いたしました.

 母体となった両団体には,もともと,大学・研究所の研究者や技術者といった個人会員と,メーカー・ユーザーを問わず真空に関心を持つ企業の法人会員がいました.その関係から,真空学会は個人会員と法人会員とで構成されることになり,現在に至っています.

 また,かねてより,理事会を中心に法人化についての検討を重ねて参りましたが,2008(平成20)年12月に新しい公益法人制度が施行されたのを機に法人化し,一般社団法人日本真空協会となりました.

 その後,2012(平成24)年2月28日に,一般社団法人日本真空学会に改称いたしました.

2.構成と活動

 設立当初には,研究会を担当する研究部会,資料の収集と機関紙「真空」の発行を任務とする編集部会,メーカーである企業の連帯を図る工業部会,真空関係の工業規格を調査立案する規格部会,それに真空度の標準確立をめざす真空度標準部会があり,さらに西日本における活動の中心として関西支部が設けられました.

 ところが翌年には,規格部会と真空度標準部会は合併したようで規格標準部会となっています.また一方で,昭和35年から数年間は乾燥含浸部会が編成されたり,企画部会が活躍したりした記録が残っています.

 企画部会の成果として,1961(昭和36)年7月には箱根の強羅で第1回の真空技術夏期大学が開かれました.第2回からは夏季大学となり,涼しいところを求めて新潟県赤倉に移り,さらにその後開催場所を三河三谷,伊豆長岡などと引き継いできています.

 同じ1961年には京都で真空に関する連合講演会が開かれたとありますが,これは第2回で,第1回はその1~2年前だったはずです.今日では,東京と関西で交互に開くことが慣例になっています.

 1976(昭和51)年には第1回の真空科学論文賞(第6回からは熊谷記念真空科学論文賞)と真空技術賞の表彰が実施されました.1992(平成4)年には進歩賞を加えています.

 1985(昭和60)年7月9日に真空機器メーカーを主体とする日本真空工業会が発足することになりました.それに伴い,工業部会は,真空に関する技術と産業情報の交換を目的に法人会員が参加する産業部会に改組しました.現在は研究部会,編集部会,規格・標準部会,産業部会の4部会と関西支部とで構成されています.

 なお1999(平成11)年からは研究部会の中に臨時部会を設けることになり,希望する企業を構成メンバーとしてスパッタリング・プラズマプロセス技術部会(略称SP部会)が活動を始めました.

 日本真空学会の活動領域は真空科学技術だけに限られていません.薄膜形成とその物性,プラズマやスパッタリングプロセスの利用,真空冶金,電子デバイスとその製造技術,固体表面の科学,表面分析,ナノメーター科学などに関する研究の発表が行われてきました.現在,日本学術会議によって認定された学術団体として,第5部の応用物理学研究連絡委員会に属しています.

 また2003年度から,日本真空工業会と共同で,真空技術者の認定を始めました.

3.国際連携

 日本真空学会は,日本を代表して国際真空科学技術連合(IUVSTA)に,連合の結成当初から参加し,理事を勤めています.この国際連合が3年ごとに開催する真空国際会議・固体表面国際会議を,1974年3月には京都で,1995年9月には横浜で行いました.

 IUVSTAは現在,真空科学技術のみならず,世界の表面科学関係の研究を統括する立場にあり,最先端の研究成果について活発な討論がなされています.わが国としては1999年9月に真空・表面科学アジア・オーストラリア会議(VASSCAA-1)を開催しました.

 また年に2回開かれるIUVSTAの理事会に日本真空学会は代表を送るだけでなく,各専門部会に委員を推薦して活動をしています.

 これとは別に,ISO(国際標準化機構)関係でも,日本真空学会は真空部門の技術委員会の主要メンバーであります.日本真空工業会と連携をとりながら,国内各方面の意見を集約して国際規格原案の策定に参画しております.